














解説
「一生懸命働いているのに、なぜ手取りは増えないのか」
「税金と社会保険料で、給料の半分近くが消えていくのはなぜなのか」
「バラマキのたびに喜んでいたはずなのに、なぜ生活は少しも楽にならないのか」
その違和感の正体を、あなたはまだ言葉にできていないかもしれません。
しかし、答えはすでに歴史の中にあります。かつて世界に冠たる大国でありながら、「大きな政府」という病によって没落した国が、少なくとも二つ存在するからです。
一つは、19世紀に産業革命の中心地として世界の超大国にのし上がったイギリス。しかし戦後、「ゆりかごから墓場まで」の名で知られる手厚い社会保障・福祉政策を長年続けた結果、1976年にはIMF(国際通貨基金)に融資を申し込まねばならないほどの財政破綻寸前にまで追い込まれます。
もう一つは、南米のアルゼンチン。20世紀初頭には一人当たりGDPで世界トップ10に入り、フランスやドイツをも上回るほどの富裕国でした。しかし、手厚い社会主義的政策(ペロン主義)による財政破綻を繰り返した末、「先進国から発展途上国に転落した世界で唯一の国」とまで評されるようになります。
なぜ、善意から始まったはずの政策が、国家を没落させるのか。
自由の守護神フリードリヒ・ハイエクは、こう指摘しました。生産手段を国家が丸ごと国有化するような、あからさまな社会主義はあまりに非効率であることが、ソ連崩壊によって世界の誰の目にも明らかになった。もはやこの形の社会主義を正面から掲げる国はないだろう、と。
しかし、社会主義は姿を変えて生き延びる。それが、手厚い社会福祉と再分配という「新しい社会主義」です。
ハイエクの警告は明快です。社会主義的な政策は、たとえどれほど善意から出発しようとも、例外なく統制経済へと行き着く。統制は資源配分だけにとどまらず、それを正当化するための言論・思想の統制へと広がり、最後には個人の自由そのものが失われていく——これが行き着く最悪の結末です。
さらに恐ろしいのは、その過程が急激な崩壊としてではなく、緩やかな停滞として進行することです。手厚い福祉と再分配は、国民に痛みをほとんど感じさせないまま、少しずつ経済の活力を奪っていきます。だからこそ国民は、自分たちが破綻への道を歩んでいることになかなか気づきません。しかし、その先に待つ行き先は、かつてのソ連と何ら変わらない国家破綻なのです。
「隷従への道」とは、いわば「いつか来た道」です。イギリスも、アルゼンチンも、この道を歩みました。この警告は、当時のヨーロッパへの警鐘であると同時に、まるで21世紀の日本を見通していたかのようです。
そして今、世界は再び、富の再分配と手厚い福祉政策という「新しい社会主義」の思想に染まりつつあります。かつて隷従への道を歩みかけた国々と同じ足音が、世界中で聞こえ始めているのです。
そして今、日本はどうでしょうか。
給付金、無償化、補助金——手厚い保障も、政治家の善意から生まれている面はあります。しかし、その財源はどこから来て、その先に何が待っているのか。財政赤字は膨張を続け、社会保障費は増え続け、規制は複雑化し、増税の議論だけが繰り返される。
これは、かつてイギリスが辿った道、そしてアルゼンチンが辿った道——過去の歴史で「いつか来た道」、隷従への道と、驚くほど同じ地図の上にあるのではないでしょうか。今の日本は、イギリスが歩みかけた道、アルゼンチンが最後まで歩き通した道、あるいはドイツがかつて一夜で引き返した道――そのいずれかを、まさに選ぼうとしている岐路に立っているのです。
かつてカール・マルクスの『資本論』(1867年)は、世界中の社会主義政権を生み出す思想的な本丸となりました。ソ連、東欧、中国、北朝鮮、キューバ――この思想を国家として実践した国々は、人類のおよそ半数を不幸のどん底へと突き落としたのです。しかし1944年、フリードリヒ・ハイエクが世に送り出した『隷属への道』は、マルクスの思想の行き着く先をいち早く見抜き、その解毒剤となった一冊でした。だからこそ今、日本にも、そして世界にも、もう一度この「隷従への道」という治療薬が必要になっています。本書もまた、新しい社会主義という病に対する、日本と世界のための治療薬となることを願っています。
本書の上巻では、この解毒剤を実際に処方した二人の指導者――サッチャーとレーガン――の物語にも光を当てます。1980年代、大西洋を挟んで「小さな政府」を掲げた二人に共通していたのは、ハイエクへの深い信奉でした。この物語の全貌は、上巻の最後で改めて描くことにしましょう。
本書はまず、この二つの国が「大きな政府」によってどのように没落したのかを見つめ直します。そのうえで、同じ没落の淵から這い上がった国々——西ドイツ、香港、そしてイギリス自身、アメリカ、ニュージーランド、ペルー、インド、カナダ、そして再びアメリカとアルゼンチン——が、何を選び、何を実行したのかを辿っていきます。
日本が今いる場所は、没落の入口なのか、それとも再生の入口なのか。
その答えを探す旅を、ここから始めましょう。





