








解説
イギリスが、戦時中の統制経済をそのまま平時に持ち越して没落へと向かったのに対し、同じ敗戦国でありながら、統制経済を大胆に、しかも一夜にして手放すことで奇跡の復活を遂げた国があります。西ドイツです。
第二次世界大戦後、瓦礫の山と化したドイツは、米・英・仏・ソによる分割占領下に置かれました。1947年、アメリカとイギリスの占領地区が統合されて「バイゾーン」が形成され、1949年にはフランス地区も完全に合流し「トライゾーン」となります。ドイツ国民にとって統制経済は何も戦後に始まったものではありません。1936年のナチス政権による「四カ年計画」以来、実に12年にわたって、価格統制と配給制度のもとで暮らし続けてきたのです。占領下でもこの統制はそのまま維持され、国民の公式な配給カロリーは一日1500キロカロリー前後という飢餓水準にまで落ち込んでいました。公定価格では商品が採算に合わないため、店の棚から品物は消え、闇市場だけが繁盛します。当時の正式な通貨ライヒスマルクはほとんど信用を失い、代わりにアメリカ製の煙草が事実上の通貨として使われる「タバコ経済」が国中に広がっていました。人々は物々交換と闇取引に頼らなければ、日々の暮らしすら成り立たなかったのです。
この状況を一変させたのが、1948年6月20日の出来事でした。米英占領地区の経済局長だったルートヴィヒ・エアハルトは、この日、新通貨ドイツマルクへの通貨改革を実施すると同時に、占領当局への十分な事前承認を得ないまま、独断で主要な価格統制と配給制度の大部分を撤廃してしまいます。国民一人当たり40マルクの新通貨が配られ(のちに追加で20マルク)、旧ライヒスマルクは大幅に目減りする不利なレートで交換されました。市中に溢れていた行き場のない旧通貨——いわゆる「マネー・オーバーハング」——を一気に整理したうえで、価格統制まで同時に外すという二段構えの荒療治は、当時としては極めて異例の決断でした。占領軍司令官のルシアス・クレイ将軍から「私の顧問団は、君のやろうとしていることは大きな間違いだと言っている」と忠告された際、エアハルトはこう切り返したと伝えられています。「気にすることはありません、私の顧問団も同じことを言っていますから」。
結果は劇的でした。その週末を境に、それまで空っぽだった店先に、まるで魔法のように商品が並び始めたのです。公定価格に縛られなくなった商店主たちが、隠していた在庫を一斉に売りに出したためでした。数日のうちに、あれほど猛威を振るっていた闇市場と「タバコ経済」は姿を消していきます。
エアハルトが掲げた理念は「社会的市場経済(Soziale Marktwirtschaft)」でした。師と仰いだヴァルター・オイケンやフランツ・ベームらフライブルク学派(オルド自由主義)の影響を強く受け、自由な価格と自由な競争を経済の土台に据えながらも、行き過ぎた格差には一定の社会政策で対応する——国家がすべきことは、生産や価格を統制することではなく、通貨の安定と公正な競争のルールを守ることだけだ、というのがエアハルトの信念でした。
なお、この改革は決して無風で進んだわけではありません。占領当局の一部や、当時野党であった社会民主党(SPD)は、統制の急激な撤廃が混乱を招くとして強く反対していました。それでもエアハルトは信念を曲げず、「社会的」市場経済という名の通り、市場の自由と並行して失業保険や年金制度の拡充にも取り組みます。1957年には賃金上昇に連動して年金額が自動的に増える「動的年金制度」を導入し、自由な競争と最低限の生活保障を両立させる仕組みを築き上げました。
その後エアハルトは1949年から63年まで経済相を、さらに63年から66年まで首相を務め、この路線を一貫して推し進めます。首相コンラート・アデナウアーとのコンビは「実験をするな(Keine Experimente)」というスローガンとともに1957年の総選挙で圧勝し、社会的市場経済はキリスト教民主同盟の看板政策として国民に広く定着しました。折しも1950年から53年の朝鮮戦争特需も追い風となり、西ドイツは1950年代を通じて年率8%前後という驚異的な成長を続け、「経済の奇跡(Wirtschaftswunder)」と呼ばれる時代を築きます。焼け跡と失業者で溢れていた国は、わずか十数年でヨーロッパ随一の経済大国へと生まれ変わり、1955年には労働力不足を補うため、イタリアとの協定を皮切りに「ガストアルバイター(出稼ぎ労働者)」の受け入れを開始し、1961年にはトルコとも同様の協定を結ぶまでになりました。
同じ敗戦国、同じ統制経済からの出発でありながら、イギリスは統制を平時にまで持ち越して緩やかな没落への道を歩み、西ドイツはたった一夜で統制を手放して奇跡の復活を遂げました。この対照的な結末こそ、「小さな政府」が国家の運命をどれほど左右するかを、何より雄弁に物語っています。





